| ある休日 |
空が黒く見えることを知っている。 どう、と音を立てて風が吹いた。 薄い障子紙一枚では完全に遮ることなどできようはずもなく、灯が大きく揺れる。 ジジ…と油から外れた芯が焦げる音がした。遅れて一瞬鼻先に漂う、焼けた臭い。 一瞬気をとられたことで、集中が削がれた。視線を書見台に戻しても、先ほどまでのようには頭に入ってこない。 小十郎は僅かに眉をしかめた。やけに風の音が耳につく。 一つ息をついて書を閉じた。このまま眺めていても意味はない。 茶でも飲んで気分を変えようとしたが、傍らの茶碗はあいにくと空だった。 手にとって立ち上がる。厨の火はまだ落ちていないだろう。 障子を引き開けると、見計らったかのようにまた風が吹いた。 先ほどよりも更に大きく揺らめいた灯が消えかける。 炎の灯りが一瞬途絶えて、視界が暗くなった。 行く手も、空も。 自分を取り囲む何もかもが、くろい。 (…ああ、これは、) 自分は、この感覚を知っている。 まだ、この城に来る前の。 まだ、己の生き方を決めかねている頃の。 まだ、世界の広さを知る前の。 まだ、あの人に出会う前の。 「…小十郎?」 不意に声をかけられて我に返った。 渡り廊下の先、光の翳む辺り。 「政宗様」 「どうした、呆けてんのか」 風に髪を乱したままで主が佇んでいた。ゆるく結んだ着流しの帯の先が髪の先と同様に流れている。 徐々に視界に明るさが戻ってくるのは、揺らぎが落ち着いて灯が安定したためか。 「…とうにお休みになられたのでは」 「HA!この風に目が冴えちまった」 明るくなった視界の中を歩み寄ってくる彼は、確かに眠気の欠片も纏ってはいない。 「何だ小十郎、茶碗なんぞ持って」 「…茶を淹れにいこうとしていたものですから」 「この夜中にか。夜といえばこっちだろ」 目の前に酒瓶をちらつかせて、主はにいと笑った。 杯は持ってこなかったからそれで丁度いいなどと言いながら、小十郎の脇をすり抜けて部屋に上がりこむ。 振り返ったときには、既にどかりと座り込んでいた。 「…明日も朝はお早いはずですが」 「いちいちうるせえな。何とかなるだろ」 いいから座れ、と差し向かいを示される。 ため息をつきながら腰を下ろすかおろさないかのうちに持っていた茶碗を奪われた。 「硬いことばかり言ってると、早く老けるぜ?」 「…政宗様より早く老けるのは自明ですので、今更どうとも思いませぬが」 先ほどより風は治まったのだろう、時折微かに揺らめきながらも、灯が震えることはもうなかった。 夜は長い。 なみなみと注がれた茶碗の中身を一息で飲み干した小十郎に、主はまた笑ったのだった。 |
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